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福島・住宅除染の現場で考える

福島・住宅除染の現場で考える

はじめに
2013年4月の地下貯水槽もれ報道から始まり、この秋は、次々やって来る台風の影響もあって汚染水漏れ報道の毎日であった。このため、地上に降り注いだ放射性物質問題である‘除染’の報道がめっきり減ったと感じている。
汚染水漏れ報道の間隙をつき、平成25年10月18日「汚染状況重点調査地域における除染の進捗状況調査(第5回)の結果について」(環境省)(1)を取り上げた報道があった。改めて、汚染水ばかりでなく、地上の除染についても数々の問題を抱えていることを知っていただきたく、住宅除染問題を中心に本稿を記す。

1.除染とは 

 ‘除染’という言葉は、今回の事故がなければ、耳にすることもない方が大部分だったであろう。環境省の定義は「除染とは、生活する空間において受ける放射線の量を減らすために、放射性物質を取りのぞいたり、土で覆ったりすること」である。
その対象地域は、放射性物質汚染対処特措法に基づき汚染状況重点調査地域に指定されている岩手県、宮城県、茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県及び千葉県下の市町村にまたがる地域となる。管轄官庁の主体は環境省である。放射線量により(1)除染特別地域(楢葉町、富岡町、大熊町など11市町村)(2)汚染状況重点調査地域に分かれる。

図1除染特別区域

(2)では、福島県内の福島市、郡山市など40市町村をはじめ、岩手、宮城、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉県に及ぶ62市町村である。いかに原発事故の影響が広範囲であるかがこれだけみても明らかである。
環境省による除染の目標は、表1となっている。(2)
線量によって地域を分け、それぞれの地域に目標設定している。本稿は、まだ避難が続いている高線量地域ではなく、おもに福1原発から約20~30kmの居住者の存在する地域の住宅および居住地域での除染を中心に記述していきたい。
・・表1・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<除染の目標 環境省除染情報サイト>
現在の年間追加被ばく線量が20ミリシーベルト以上の地域を段階的かつ迅速に縮小することを目指します。
○現在20ミリシーベルト未満の地域では、長期的に年間1ミリシーベルト※以下になることを目指します。
※1ミリシーベルトという数値は、放射線防護措置を効果的に進めるための目安で、「これ以上被ばくすると健康被害が生じる」という限度を示すものではありません。「安全」と「危険」の境界を意味するものでもありません。
(出典:低線量被ばくのリスクに関するワーキンググループ報告書)
○追加被ばく線量 年間20ミリシーベルト以上の地域
その地域を段階的かつできるだけ早く縮小することを目指します。
ただし、そのうち特に高い地域については、長期的な取組となる見込みです。
○追加被ばく線量 年間20ミリシーベルト未満の地域
長期的に年間追加被ばく線量が1ミリシーベルト以下になることを目標とします。
また平成25年8月末までに、一般の人の年間追加被ばく線量をその2年前とくらべて約50%減少させることを目指します。
同様に、子どもの年間追加被ばく線量は、学校や公園など子どもの生活環境を優先的に除染することによって約60%減少させることを目指します。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2.除染対象 

 地表面の対象としては、森林山地・農用地・住宅地域に大きく分けられる。本論に移る前に森林山地と農用地の除染現状について若干触れたい。

<森林山地>
環境省第5回環境回復検討会は、2012年7月25日、住居近くの森林は別として、森林全体の除染は「必要がない」とする方針を発表した。広大な山地を再生する国の責務を放棄するということだ。
直ちに、地元から猛反発が起こった。わずか1ヵ月後の9月19日、環境回復検討会はこれを撤回し、森林全体の除染について『今後、調査研究を進めた上で判断することが適当』とする中間報告を取りまとめた。
この時、除染実施の可能性を探るとして、「県は防護柵をつくり、ゼオライトやプルシアンブルーなどの放射性セシウムの吸着効果がある物質を入れた袋を斜面上部に敷き詰める。間伐作業を始める地域で、雨水などが通る場所を選んで設置し、防護柵を通過する水に含まれる放射性物質の量を抑制する。県は設置費用を1カ所当たり1万円程度、1万カ所で1億円と見込み、国の森林再生の関連事業費を充てる方向で関係省庁と協議している」(3)と公表されたが、2013年秋現在、実施事例は聞こえてこないことから、計画は頓挫しているようだ。
また、住宅から20mの森林しか除染対象にしないという点も地元の反発を買っている。
反発への対応として、2013年8月26日井上環境副大臣は「生活に影響があるところは20mにこだわらず、しっかりやっていく」と明言したが、約25mに広げる、あるいは、森林の中にあるキャンプ場やシイタケ栽培のホダ場なども対象に含めるという程度の「しっかりやる」である。

<農用地>
森林山地と同様、除染も遅れ、効果も頭打ちとの報道がなされている。(4)
田畑の国の除染方針は、表土はぎ(表層5cmほどはぎ取り、別の土を入れる)、反転耕(表土30cmを下の土と入れ替える)となっている。また農業用水の汚染についても、ため池等に沈積した放射性物質がその用水への新たな供給源になるのではないかと懸念されている。
記憶を呼び起こしていただきたい。2011年の4月頃、事故の大きさに愕然とする日々の中で、「ひまわりは、チェルノブイリでも除染に使われたらしい。福島にひまわりを贈ろう」キャンペーンが始まった。発信元をたどると宇宙航空研究開発機構(JAXA)の山下雅道専任教授が、肩書きはそのままにし、個人の立場で立ち上げたホームページ(2011.4.23)「ヒマワリ作戦」にたどり着く。(5)翌年9月に「効果なし」の国による結論が出され、幕切れとなった。この間、チェルノブイリ・ヒマワリ除染論文を探したが、見つけられなかった。嘘で引き延ばし、2011年のひと夏を持たせれば済ませる役割だったのであろう。
ヒマワリだけでなく、現地では除染効果がないにも関わらず流布された情報も多い。
「ある菌の効果がある」「プルシアンブルーがいいらしい」などの情報に翻弄され、実施してしまった事例も少なくない。

3.住宅除染の実際 

 住宅除染は、住民にとって最低限の要望である。広大な農用地や県の面積の7割を占める森林については、極めて困難なことは承知しても、自宅の周辺からは放射性物質を遠ざけたい、除去したい気持ちは当然と言えるであろう。
どのくらい住宅除染で低減効果があるのかについて、低減率実績を公表したものは環境省除染チームによる「国及び地方自治体がこれまで実施した除染事業における除染手法の効果について」(平成25年1月)(6)である。福島県としては、「福島県除染・廃棄物会議」(7)があるが、屋根については、目安として、平均34%の除染の低減率が示されているのみであり、除染方法や実績値の公表はない。冒頭に述べた平成25年10月18日「汚染状況重点調査地域における除染の進捗状況調査(第5回)の結果について」(環境省)(1)は、どのくらい除染作業を終了したかの達成率のみの報告である。この達成率にも裏がある。伊達市や郡山市では、屋根の除染は行わないと決めた。どんなに住民が望んでもやらないと決めれば、達成率は上がるのである。(8)
現在、福島県では市区町村毎に大手ゼネコンが振り分けられ(正しくは、入札制度によりそれぞれが受注したのだが、きわめて上手に配分されている)、作業が進行している。このほかに環境省や県の直轄事業としての除染も存在する。平成25年10月18日「汚染状況重点調査地域における除染の進捗状況調査(第5回)の結果について」(環境省)(1)には、「住宅の除染については、着実な除染の進捗が見られ、具体的には、住宅の除染の実績数は前回から約1.6倍の約66000戸となり、実績割合も前回の約30%から、約44%へと大きく増加している」とある。
除染は、このところ縮小傾向にあった公共事業の代替わりとなっている。
涙の国会証言で、一躍名をはせた児玉龍彦氏(東大)は、南相馬市の除染アドバイザーを務めている。2012年2月11日、南相馬市で開催された南相馬世界会議席上で「決意と覚悟をもってコストをかけた除染に。1軒あたり400万円の費用負担を」と訴えた。(9)氏の除染方法に関する論拠としては、「屋根は除染効果が期待できないから、葺き替えること、舗装も剥ぎ取ってやりかえること等」の除染方法に依っていることによる。なるほどゼネコンにとっては、文字通り天から降ったビックビジネスということがわかる。
住宅の除染方法としては、高圧洗浄(ポリッシャーやブラシなどで洗う)(写真1)


写真1
高圧洗浄および紙タオル拭き取り(霧吹きで水分を与え、ペーパータオルで屋根などを拭く)である。除染に使用した水は、凝集剤などで処理をしていることが多い。先の環境省「国及び地方自治体がこれまで実施した除染事業による除染手法の効果について」によると、屋根は高圧洗浄で55%、洗浄(ブラッシング併用)で40%、紙拭き取りは15%の低減率であった。現状では、除染水の処理や除染時の洗浄水の拡散等の問題から、最も低減率が低いにも関わらず、拭き取りが採用されている。つまり、効果のない方法が多用されている。

4.地元企業の提言・実践 

 福島県の南相馬市の建設コンサルタント会社では、より効果的で簡便な除染法として、過酸化水素洗浄+モミガラ浄化法を開発・実施している。これは消毒用のオキシフルと同じ濃度の3.5%程度の過酸化水素水を静かに屋根等に噴霧し、回収した除染に使った溶液中のセシウムをモミガラでフィルタリングして回収するシステムである。(写真2)

モミガラによる放射性セシウム回収システムは、福島県生活環境部により平成2 3 年度福島県除染技術実証事業実地試験結果、「効果あり」と認定もされている。(10)
この除染法は、使用材料が極めて安価であること、過酸化水素水を噴霧することにより面的に均一な除染が可能なこと、(高所作業車等から遠隔で噴霧するため)屋根に登る必要がなく作業の安全性とそのスピードに優れ、低線量の場所にも有効であることなど、自分達の生活の場の問題を解決しようとする地元企業ならではの細かい配慮がなされているのが大きな特長である。
先に述べた福島県の提示した住宅除染低減率の目安(7)は、屋根について34%、また、環境省実績(6)の高圧洗浄で平均55%、紙タオル拭き取りで15%となっている。これらに比べ、過酸化水素水洗浄法では、平均75%を示している。しかも環境省データは、線量2000cpm以上とその統計数値を限定しているが、過酸化水素水洗浄法の実績では、相馬市玉野地区という飯館村の北側の集落約150軒余りの線量2000cpm以下の結果である。一般に高線量で除染効果が高く、低線量では除染効果が低い傾向にある。条件が悪い中でも高い低減率を示すことは、注目に値するであろう。
また地元企業ならではの住民とのコミュニケーションが成立している除染作業で、除染前後の室内計測も同時に行われている。屋根に近い部屋での測定結果をみると、室内の低減率が約40%にもなる。つまり、室内の空間線量率は屋根の汚染の影響が大きいのである。(11)
2012年11月2日、この方法での相馬市玉野地区、150軒の除染実績に対し、環境省の見解が、河北新報(12)で報道された。「相馬市は『除染に使用した水の放射性物質濃度を極力下げないと市民は不安を覚える』との見解。これに対し『環境省は、放射線量がある程度低ければ排出して構わない』との立場。除染水の排出基準がなく、両者が一致点を見いだせない」というもの。
排水基準については、これまでの原子力施設からの排水基準は、放射性セシウムではCs134:60Bq/kg以下・Cs137:90Bq/kg以下となっている。これまで経験のない除染水の排水基準は、明確な規定はなかった。このため、除染の排水基準として、原子力施設からの排水基準に準じて排水することとしている。しかしながら、これらの排水が下流の河川に流れ込み、水道水の取水設備(相馬市の水道の水源)や港湾(ここでは県立公園の松川浦と漁港)等の地元ならではのデリケートな問題があったために、さらなる厳しい基準の適用の要請があった。このような相馬市の見解は、市民感覚では納得できるが、除染業務の発注者側である国はそうは思わないらしい。

おわりに 

 除染が順調に進んでいないこと、膨大な費用を使うことを理由に「除染しても無駄だ」という主張が少なからず聞こえてくる。そこに暮らす住民の要望、除染の対象とその地域の線量の差などを考慮しないで、ひとまとめのこの主張はそのまま受け取れない。警戒区域ではない居住が続く比較的高い線量の地域では、屋根の除染は居住者への被ばく線量を減らす効果が大きいからである。
また「除染は、所詮移染にすぎない」という声もよく聞く。確かにその通りではあるが、除染で発生した汚染物質の収集とこれの「減容化」は、たいへん重要な対応策である。前述した150軒の住宅の除染で発生した汚染水の浄化に使用したモミガラの総量はフレコンバック5袋分(計5m3)に留まったという。これを児玉氏が言うように屋根やアスファルトをはがした場合には、どれほどの量の廃棄物になるであろうか。
原発事故の影響は広範囲に及び、これまで、環境省の扱う環境影響項目のなかで放射性物質は除外項目であった。しかし、今回の福島事故で、除染については環境省管轄下におかれた。福島県は2013年11月14日、県内1600ヵ所の農業用ため池の底質の30%が指定廃棄物の基準値である8000ベクレルを超える高濃度と発表された。(13)これに対し、「環境省は、農業用ダム・ため池は除染対象ではないので、一切の対応は行わない」と言う。また、このような農水省関連の放射性物質の保管場所としては、環境省が現在調査を進めている中間処分場への搬入はできないこととなっている。
今回の事故対応の中、様々な場面で、いやというほど縦割り行政の弊害を感じた。行政は、縦に割らなければ仕事は進まないことは十二分に承知している。しかし、減速材が水である軽水炉原発での大規模事故は人類始まって以来の危機といえるのではないか。これに直面している我が国はもう少し、行政の垣根を越えて互いに協力して望むことはできないのであろうか
また、除染に関しては、現在居住できない高線量地域についての次のような問題が起こると予想される。
2013年11月26日、福島のNHKニュースは、「楢葉町では現在実施されている除染の効果を評価し、住民が帰還する時期を判断するために、楢葉町除染検証委員会(委員長;児玉龍彦東大教授)を設置し、初会合を行った。楢葉町の直轄除染は、来年3月末までに終了、国が持っている除染効果のデータを基に検証し、帰還区域・帰還時期等を判断することになる」と、報道した。
除染結果が、「除染がすんだのだから、帰還しろ」と「事故はあったが、もう回復している」の広告塔にされる危険性が大きい。

放射性物質が降り注いだ地域に住んでいた、あるいは住んでいる市民の生活と健康をまもることを第一義においた除染作業になることを切に願う。

権上かおる 紹介
長年、環境調査NGO酸性雨調査研究会で、大気汚染や酸性雨を中心とした環境調査活動を行っている。同会では、浮遊粒子状物質の市民でもできる調査法も開発し、ぜんそく患者さんが起こした東京大気汚染公害裁判支援の中でも活用した。
3.11事故後、会の増田善信代表(気象学者)らと、「おそれて、こわがらず―放射線に立ち向かって暮らすために―」を公開し、情報発信を行っている。福島にもたびたび足を運び除染実証実験現場にも立ち会っている。

引用など
(1) http://www.env.go.jp/press/press.php?serial=17270
(2) http://josen.env.go.jp/about/method_necessity/goal.html
(3) 福島民報新聞、2012年11月26日
(4) 東京新聞2013年6月17日 核心
(5)現在は、元のHPは削除されているようだが、ネット上には多くの残滓が認められる。
一例 http://www.space-education.jp/spaceNews/item_307.html

(6)環境省除染チーム;国及び地方自治体がこれまでに実施した除染事業における除染手法の効果について http://josen.env.go.jp/material/pdf/effects.pdf
(7)福島民報・福島民友 2013年4月25日
(8)福島民報2012年10月3日
(9)南相馬世界会議 2011年2月11日 http://www.minamisoma-fukushima.jp/
(10) http://wwwcms.pref.fukushima.jp/download/1/jyosen-houkoku0427.pdf 52頁
(11)庄建技術㈱では、除染データ集を希望者に無料配布されている。
申込先 FAX0244-22-6889
e-mail masanori.takahasi@syoken.co.jp
(12)河北新報2012年11月2日
(13)福島民報2013年11月15日
権上かおる(酸性雨調査研究会)

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2013/12/03(火) 10:58  |   コラム  |   17

安全神話の呪縛

安全神話の呪縛

 福島第1原子力発電所の現状は、止められない汚染水の漏出、小動物の侵入による冷却システムの電源切断、依然として高い数値を示している周辺の放射線量、格納容器の温度上昇によるとみられる水蒸気の発生等々、トラブルが後を絶たず、廃炉に至るまでの道筋が見えない状態が続いている。
 3.11直後の原発事故そのものだけでなく、こうした事故後も続くトラブルの続出は、人為によるコントロールが効かない原発の危険性を如実に示しており、安全神話が完全に誤りであって、崩壊するに至っていることを、厳然たる事実をもって証明していると言わなければならない。
 安倍政権が発足して以来、「アベノミクス」、消費税増税と一方での法人税減税、TPP参加の推進、解雇規制の緩和、憲法改正、普天間基地の辺野古移転など逆戻りの政策が進められようとしているが、その中の重要政策の1つに原発輸出の推進と国内での原発再稼働のもくろみも含まれている。
 このような執拗なまでの原発へのしがみつきは、「原子力村」と言われる財界、政府、官僚、そして原発を推進してきた一部の学者・技術者の一団の利害関係がその原動力をなしていることは言うまでもないが、彼らが今もなお安全神話を唱導し、あるいは国民を説得するために安全神話に依然として依拠できると判断していることを物語っている。既に安全神話が完全に崩壊し、社会全体がそのような観念に囚われなくなっているとすれば、彼らがこの神話に依拠できると判断することは不可能となる筈であり、彼らがまだこの神話を利用できると判断していることからすれば、社会はまだまだこの安全神話の呪縛から脱却できていないと言わなければならない。
 実はこの安全神話の呪縛は、歴史的にみて大変根深いものがあり、いわゆる革新的な陣営に属する人々ですらもその多くは、安全神話に囚われていたことは否定できない。
 この点を振り返ってみるために、昭和30年代前半に各分野にわたる当時のわが国における先進的な学者、評論家、ジャーナリストの論考を集めた『岩波講座 現代思想』を例にとってみると、次のような論調を垣間見ることができる。
 「現代の資本主義の中心であるアメリカにおいては巨大な原子力エネルギイを平和の生産力として利用する方向がはばまれ、もっぱらこれを軍事的に利用する方向がとられているのである。」(羽仁五郎「現代における戦争の性格」(『岩波講座 現代思想 Ⅸ 戦争と平和』S32.5.25所収・41頁) 原子力を「平和の生産力」として利用するのは良いという前提で、これに対比して原子力を「軍事的に利用する方向」には反対であるという思考方法がとられている。
 さらにより鮮明に、原子力の軍事的な利用は人類に破滅的な影響をもたらす一方、平和的な利用の場合には安全に管理していく技術やシステムも確立されていくだろうという楽観的な見通しを述べたものもある。やや長くなるがゾルゲ事件に連座して一時朝日新聞を退社したことがあり、『原子力の国際管理』などの著書でも知られるジャーナリストの田中慎次郎の文章を引用してみる。
 「軍事・非軍事にわたる多様な利用面のうち、原水爆がもたらした影響はきわめて深刻で、これにくらべれば、非軍事的利用の影響は、おだやかなものである。人間がうまく原子力をこなして行けば、人類社会の幸福に貢献することができる。・・・原子力の場合は、もしこれが原子兵器として、戦場で実際に使用されるようなことがあれば、文字通り、文明の破滅になるし、逆にもし、原子力が平和的にのみ利用されるならば、原則的にいって、それが人類社会の幸福に貢献することができるという、いわば両極端を包蔵している。」(田中慎次郎「原子力時代における人間」(『岩波講座 現代思想 Ⅷ 機械時代』S32.3.25所収・232頁) 「しかしながら、原子力をつかっての平和的利用の場合には、原子炉の数と出力とが増加するにともなって、灰の安全な処理方法の技術も確立されていくだろうし、灰の処理方法についての、国際的な取締り規則も完備されてくるであろうが、どうにも始末のつかないのは、原子力爆弾や水素爆弾を爆発させたときに、大気中にまき散らされ、やがては地上に落下してくる、いわゆる死の灰である。」(同上・245頁)
 これらの議論は決して原子力産業の利益をはかろうなどという意図は毛頭なく、善意で述べられたものであることは言うまでもない。しかし原子力の軍事利用に対抗してその平和利用を図ろうとする発想が、当時、核兵器に強力に反対する人々の間で共有されていたことは認めざるを得ない。その発想の基礎に、軍事的な利用の場合には歯止めが効かなくなるが、平和的な利用の場合にはコントロールが可能であるという、何とはなしの認識が横たわっていたことは否定できない。これこそ安全神話以外の何ものでもないのである。
 このように我々の先達すら安全神話の呪縛にとらわれていたことを、十分に自戒しなければならないと思う。
 原発事故を教訓にすることなく、原発の輸出と原発の再稼働を推進しようとする動きが目前で起きている今こそ、安全神話の呪縛からの真の脱却と、そのための世論への周到なはたらきかけが求められている時である。
(2013.8.2)
大熊政一(日本国際法律家協会)
2013/08/18(Sun) 16:17  |   コラム  |   4

「地獄の業火」による火遊びを止めよう

「地獄の業火」による火遊びを止めよう

 核エネルギーは、「神の火」とも「地獄の業火」ともいわれる。核エネルギーの巨大さと制御困難性を問わず語りしているといえよう。核分裂反応が、いかに巨大なエネルギーを放出するかは、理論的にも実践的にも明らかである。兵器として使用された核エネルギーが人類社会に何をもたらしたか。私たちは、広島・長崎の「被爆の実相」の中に確認することができる。巨大な湯沸し装置として使用された核エネルギーが暴走した時の実情も、現在進行形で体験している。私たちは、閻魔大王によって、翻弄されているのであろうか。
 核エネルギーを兵器として使用しようとする勢力も、湯沸し装置として利用したいとする勢力も、厳然とした力を保持し続けている。力による支配と利潤追求の衝動が、彼らの思考と行動を規定しているのである。いかに多くの人々が殺され、傷つき、苦しもうとも、彼らの関心の対象とはならない。核エネルギーは、神でも悪魔でもない、人間界の支配者によって、道具として利用されているのである。
 兵器としての核エネルギーへの対抗は核兵器廃絶運動としてあらわれている。民生利用としての核エネルギーへの対抗は原発反対運動としてあらわれている。
 核エネルギーは巨大であり、制御困難であるがゆえに、その保有者は、軍事的にも、政治的にも、経済的にも、社会的にも優位に立てることになる。神にも閻魔大王にもなれるのだ。
 兵器としての核エネルギーの利用は非人道的であるだけではなく、国際人道法に反するとされつつある。民生用の核エネルギー利用は、危険で、高価で、反環境的で、反倫理的であるとされつつある。
 にもかかわらず、核兵器に依存して国家の安全を確保しようとする勢力は、経済成長戦略の一環として原発を輸出しようとしている。その勢力に正統性を付与しているのは、有権者の投票行動である。多数決原理による正統性は、人間と自然や社会との関係で、常に正当であるとは限らない。この国では、多数決原理による正統性が「地獄の業火」による火遊びを継続させているのである。
 核兵器と原発は、核エネルギーであるということで共通している。国家安全保障のために「最終兵器」に依存することは、正義や公正よりも暴力に依拠する発想である。電気エネルギーの確保のための方法はいくらでもあるし、節約の方法もある。
 「地獄の業火」による火遊びを止めるために、私たちには、原理的な正当性の主張だけではなく、政治的正統性の確立も求められているといえよう。
(2013.7.26記)
大久保賢一(日本反核法律家協会事務局長)
2013/08/02(Fri) 15:59  |   コラム  |   3

世界銀行が「原発拒否」 AFPが報道、他のメディアは?

世界銀行が「原発拒否」 AFPが報道、他のメディアは?

 「世界銀行が原発にはカネを出さないことを決めた」―。

 そんな話を聞いて、調べてみたが、どうやら新聞には載っていないようだし、どういうことか、と思っていたら、11月28日のAFP電が伝えていることがわかった。なぜ、ほかの通信社はキャリーしなかったのか、わからないが、下記のようなものだ。

AFPBBNEWS 2013年11月28日配信
【以下引用】
「原発は援助しない」、世銀と国連が表明
【11月28日 AFP】世界銀行(World Bank)と国連(UN)は27日、最貧国に電力網を整備するため数十億ドル規模の資金援助が必要だと訴えるとともに、いずれの国においても原子力発電への投資は行わない考えを表明した。
 世銀のジム・ヨン・キム(Jim Yong Kim)総裁と国連の潘基文(パン・キムン、Ban Ki-moon)事務総長は、2030年までに世界中の全ての人が電力の供給を受けられるようにする取り組みについて記者団に説明した。その中でキム総裁は「われわれは原発は行わない」と明言した。
 キム総裁によると、世銀は来年6月までに42か国の発電計画をまとめる予定。電力網の整備やエネルギー効率の倍増、再生可能エネルギー比率の倍増などを掲げ、目標達成には年間およそ6000~8000億ドル(約61兆~82兆円)が必要になるとしている。
 しかしキム総裁は、集まった資金は新エネルギー開発にのみ使用すると報道陣に明言。「原子力をめぐる国家間協力は、非常に政治的な問題だ。世銀グループは、原発への支援には関与しない。原発は今後もあらゆる国で議論が続く、たいへん難しい問題だと考えている」と述べた。
【以上引用】

 世銀がカネを出さないなら、別の方法、たとえばアジア開銀とか、米州にもアフリカにも開発銀行がある、ということなのかもしれないし、アラブのお金持ちは大丈夫、という話なのかもしれないが、この話、原発輸出に血道を上げる安倍さんにも、日本財界にも、ちょっと大きなことではないのだろうか。
 いくら安倍首相が「世界一安全な原発」と言ったところで、その危険性はなくならないし、それ以上に小泉元首相が指摘するとおり、「問題は処分場が見つからないこと」で、「処分場選定のめどが付けられると思う方が楽観的で無責任」なのに、そうした問題は抜きに、原発輸出に走っているのは、世界の趨勢に背を向けている。
 それにしても、なぜ、このニュースが大きく載らないのか? 確かにAFPと契約しているメディアは少ないのだろうが、それならそれで、他の通信社はどうしたのか? もう少し、詳しい情報が欲しいのだが…。
(丸山重威)
2013/12/13(Fri) 11:10  |   コラム  |   18

原発事故と原爆がもたらしたもの

原発事故と原爆がもたらしたもの

福島原発事故によって故郷を離たり、生業を失っている人は十数万人といわれている。
健康被害を心配している方や、風評被害を受けている方たちも大勢いる。
汚染水は垂れ流され、土壌除染は遅々として進まず、空間線量も高いままである。
人々の人生や生活も自然環境もずたずたにされているのである。これらの被害は、原発事故によって放出された「死の灰」によるものである。
原発事故は、超高温や暴風圧のような衝撃は伴わなかったものの、放射能という人類がコントロールできない「死の灰」をまき散らしたのである。
その被害が、いかに広範で深刻で長期にわたるかを再確認しなければならない。
私たちは、原発事故被害者が「元の生活」を取り戻すための営みをサポートする。
私たちは、原発に依存しない社会実現のために、再稼働を許さず、廃炉を求める。
私たちは、原発の輸出を認めない。
私たちは、広島・長崎の原爆被害者が、核兵器廃絶と国家補償を求めて闘ってきた成果を継承する。
私たちは、なぜかくも危険なものと同居させられているのかを学ばなければならない。
2024/08/23(Fri) 16:29  |   原発と核兵器  |   5